茨木のり子 詩四篇

 

わたしが一番きれいだったとき (1957)

わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした

わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達がたくさん死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった

わたしが一番きれいだったとき
だれもやさしい贈り物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差しだけを残し皆発っていった

わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った

わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり
卑屈な町をのし歩いた

わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった

わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった

だから決めた 
できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように                   
                                                      ね

 

 

WHEN I WAS MOST BEAUTFUL

                       訳詞:片桐ユズル
      作曲:Pete Seeger (1968)

When I was most beautiful
Cities were falling
And from unexpected places
Blue sky was seen

When I was most beautiful
People around me were killed
And for paint and powder
I lost the chance

When I was most beautiful
Nobody gave me kind gifts
Men knew only to salute
And went away

When I was most beautiful
My mind was empty
My heart was stony
My limbs glowed chestnut-brown

When I was most beautiful
My country lost the war
I paraded the main street
With my blouse sleeves rolled high

When I was most beautiful
Jazz overflowed the radio
I broke the prohibition against smoking
Sweet music of another land

When I was most beautiful
I was most unhappy
I was quite absurd
I was quite lonely

That’s why I decided to live long
Like Monsieur Rouault
Who was a very old man
When he painted such terribly beautiful pictures
You see?             

[第4連は英訳欠落のため私訳]

 

 

学校 あの不思議な場所 (1958)

午後の教室に夕日さし
ドイツ語の教科書に夕日さし
頁がやわらかな薔薇いろに染った
若い教師は厳しくて
笑顔をひとつもみせなかった
彼はいつ戦場に向かうもしれず
私たちに古いドイツの民謡を教えていた
時間はゆったり流れていた
時間は緊密にゆったり流れていた
青春というときに
ゆくりなく思い出されるのは午後の教室
柔らかな薔薇いろに染った教科書の頁
なにが書かれていたのかは
今はすっかり忘れてしまった
 〝 ぼくたちよりずっと若いひと達が  
  なにに妨げられることもなく  
  すきな勉強をできるのはいいなァ  
  ほんとにいいなァ 〟
満天の星を眺めながら
脈絡もなくおない年の友人がふっと呟く

学校 あの不思議な場所
校門をくぐりながら蛇蝎のごとく嫌ったところ
飛び立つと 森のようになつかしいところ
今日もあまたの小さな森で
水仙のような友情が生れ匂ったりしているだろう
新しい葡萄酒のように
なにかがごちゃまぜに醗酵したりしているだろう
飛びたつ者たち
自由の小鳥になれ
自由の猛禽になれ

 

 

惑星 (未完詩篇)  

ひとびとは やがて    
ミルク珈琲色になるだろう    
黒・白・黄が 烈しくまじり    
煎れたての熱いミルク珈琲の色に    

言葉は いつの日にか 世界に    
共通のものを編みだすだろう    
母国語はそれぞれの方言となって    
野の花のように なつかしまれ    

血は どれだけ流せばいいのか    
流産はどれだけ繰返せばいいのか    
ゆっくり 廻る さびしい 惑星    

ばらばらなものを 一ツにしたい    
何十億年も前からの 執念を軸に    
猛烈な 癇癪玉まで 手に入れて

 

 

倚りかからず (1999)  

もはや    
できあいの思想には倚りかかりたくない    
もはや    
できあいの宗教には倚りかかりたくない    
もはや    
できあいの学問には倚りかかりたくない    
もはや    
いかなる権威にも倚りかかりたくはない    
ながく生きて心底学んだのはそれぐらい    
じぶんの耳目    
じぶんの二本足のみで立っていて    
なに不都合のことやある    
倚りかかるとすれば    
それは    
椅子の背もたれだけ

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